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【編集部厳選】浜町駅 × 史跡のおすすめスポット10選!

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芥川龍之介文学碑

東京都墨田区両国にある芥川龍之介文学碑は、史跡として知られています。両国小学校の敷地内に建てられており、龍之介が通った小学校との縁があります。文学碑には、名作「杜子春」の一節が刻まれており、多くの人々が訪れています。口コミには、「杜子春」が好きな人が多く、吉良邸の近くにあることも紹介されています。

【住所】東京都墨田区両国4丁目27-1

吉良邸跡

東京都墨田区両国にある吉良邸跡は、史跡として知られています。この場所には、北斎が自らの曽祖父である吉良上野介を守って討死した小林平八郎という人物に関連する縁があります。北斎自身も後にここに居を構えた中島伊勢の養子になったとも言われています。このような歴史的な背景を持つ吉良邸跡は、多くの人々にとって興味深い場所となっています。

【公式サイト】http://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/kouen/kunai_park_annai/sumida_park/park01.html
【住所】東京都墨田区両国3丁目13-9
【電話】03-5608-6661

本所松坂町公園(吉良上野介邸跡)

本所松坂町公園は、東京都墨田区にある公園であり、史跡でもあります。かつては吉良義央の邸宅跡であり、稲荷社や井戸、桜の木が植樹されています。江戸時代には吉良義央の邸宅があり、赤穂事件の現場となった場所でもあります。赤穂浪士によって吉良義央、小林央通、鳥居正次、清水義久らが討たれた場所です。

【公式サイト】http://www.city.sumida.lg.jp/smph/sisetu_info/kouen/kunai_park_annai/sumida_park/park01.html
【住所】東京都墨田区両国3丁目13-9
【電話】03-5608-6661

与兵衛鮨発祥の地

「与兵衛鮨発祥の地」は、東京都墨田区両国にある史跡です。1824年に江戸三鮨の一つ「与兵衛寿司」が開業し、ワサビを使い握り寿司の原型を考案した華屋與兵衛によって創業されました。與兵衛は別名小泉與兵衛、花屋與兵衛とも呼ばれ、1799年に東京都中央区で生まれました。現在でも多くの人々に愛される寿司の歴史的な発祥地として、多くの観光客が訪れています。

【住所】東京都墨田区両国1丁目8-7

西郷隆盛屋敷跡

東京都中央区にある「西郷隆盛屋敷跡」は、明治維新の元勲である西郷隆盛の屋敷跡であり、史跡として知られています。明治時代には約15名の書生が住み、下男を7人雇い、猟犬を数頭飼っていたとされています。西郷隆盛は維新後、鹿児島にいたが、1871年に新政府から請われて上京し、参議に就任。留守政府首班として学制・徴兵制度・地租改正などの重要政策を実現しました。また、1873年には朝鮮との国交問題が緊迫し、征韓論が高まる中、西郷は自らが朝鮮に渡って交渉にあたり、問題の解決に尽力しました。

【公式サイト】https://www.city.chuo.lg.jp/bunka/shisetsu/kankoujouhou_center.html
【住所】東京都中央区日本橋人形町1丁目6-3

本所御蔵跡(横網1丁目遺跡)

本所御蔵跡(横網1丁目遺跡)は、江戸時代に江戸幕府の御米蔵として使用されていた史跡です。1734年には倉庫群が造られ、1858年には増築が行われました。また、隅田川から続く舟入の堀も設置されていました。最近の発掘調査では、御蔵の一部である掘割や護岸の跡、徳川家の家紋である三葉葵紋の瓦が出土したとのことです。また、近代の建物跡や「陸軍被服廠(衣料品を取り扱う施設)」と書かれた木製の荷札も発見されました。

【住所】東京都墨田区横網1丁目4 Unnamed Road、1丁目-4

電燈供給発祥の地

「電燈供給発祥の地」は、東京都中央区日本橋茅場町にある史跡です。1887年に東京電力によって建設された日本初の火力発電所であり、周辺地域の電燈供給を開始しました。発電設備は直立汽缶と横置汽機を据付け、25キロワットのエジソン式直流発電機1台を運転しており、配電方式は電圧210ボルト直流三線式でした。工部大学校の講堂において、日本で初めての電灯が点灯してから9年後に建設されたこの発電所は、日本における配電線による最初の電燈供給の起源となりました。

【公式サイト】http://www.chuo-kanko.or.jp/
【住所】東京都中央区日本橋茅場町1丁目3-10

塩原太助炭屋跡

「塩原太助炭屋跡」は、東京都墨田区両国にある史跡です。江戸時代の豪商・塩原太助が独立し、発明した炭団で大商人に成長したことで知られています。私財を投じて道路改修や治水事業なども行い、成功を収めました。三遊亭円朝の「塩原多助一代記」でも有名です。現在は、炭屋跡として保存されています。

【住所】東京都墨田区両国3丁目4-1

鎧の渡し跡

「鎧の渡し跡」は、東京都中央区日本橋兜町にある史跡です。江戸時代には鎧の渡し場として利用され、1872年には鎧橋が架けられて渡しは衰退しました。平安時代には源頼義がここで暴風逆浪に遭い、鎧を海中に投げ入れて竜神に祈りを捧げ、無事に渡ることができたという伝説があり、以来ここを鎧が淵と呼んでいます。また、平将門が兜と鎧を納めた場所とも言われています。

【住所】東京都中央区日本橋兜町1-1

蛎殻銀座跡碑

「蛎殻銀座跡碑」は、江戸時代に銀座が移転し、不正行為が発覚した後、蛎殻町に移転した歴史的な場所です。ここでは南鐐二朱銀鋳造が再開され、幕府による統制が強化されました。また、御用達町人による請負事業から事実上幕府の直轄事業となりました。江戸時代の貨幣鋳造の歴史を知ることができます。

【住所】東京都中央区日本橋人形町1丁目17-8

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